民意をくみ取れない民進党の致命的勘違い |
なぜ自民の自爆を自党の優位に運べないのか? 私見ながら、民進党の勘違い方針を述べてみたいと思う。
新聞の調査によると、経済問題では自民党に共感し、憲法問題では民進党に共感する人が多いという。それでも自民党が伸びるのは、姿が曖昧模糊とした憲法問題より、まずは目の前の金勘定に興味を抱く人が多いということだ。
シンガポールが「明るい北朝鮮」と言われるほどの圧政を行っても、政権が維持できるのは経済が回っているからだ。憲法より経済の方が社会に訴える力は大きいのだ。
いやそんなことはない。民進党だって経済問題では意見を述べているではないか、と主張する向きもあろうかと思う。だが民進党の経済案は常に財政規律なのだ。霞ヶ関の埋蔵金などという都市伝説に振り回され、事業仕分けというポピュリズムで国民へのサービスを切り捨て、公務員の人件費2割削減というルサンチマンに媚びた方針で行政サービスを低下させた。
民進党は「コンクリートから人へ」の方針とは裏腹に、人へのサービスを切り捨ててきたのだ。
国民世論はしばしば嘘をつく。財政負担を後世に残さないと言ってはいるが、自分の行政サービス低下には不満を爆発させる。国民の財政規律指向は「自分ではない誰かが負担をすればいい」という虫のいい発想なのだ。
「役人なんか半分で十分だ」などという無責任な発言がネット上でも見られる。だがもし民進党がその言葉を真に受け、公務員を半減して行政サービスも半減したら党は壊滅するだろう。
つまり一時的なルサンチマンで叫んだ言葉を政策に盛り込めば、その裏に隠された有権者の真意というものに気付かないままに暴走してしまうのだ。
安倍政権は公務員の報酬を上げた。「低いと職員の士気に関わる」こう述べたが、その結果安倍政権は支持率を落としただろうか?
いや、公共事業や公共サービスに金を費やすことで、安倍政権は国民世論を惹きつけたのだ。
日本国民が「無駄な公共事業」とか「多すぎる官僚の報酬」とか言っても、それは表層的なことだ。日本人はネオリベが嫌いなのである。本音では「もっと地元に公共事業を」「官僚の報酬を増やしてもいいから保育行政充実を」と思っているのが現実だ。
そこに気づかずひたすら財政規律・緊縮財政を打ち出して、実は誰も望んでいない「ギョーセーカイカク」とやらに血道を上げていると、民進党は経済でダメ出しされていつまで経っても支持率が上がることはないだろう。