今村復興相発言は「原発いじめ」と図式が同じ |
ことの経緯は記者が「自主避難が自己責任というのは国の責任回避ではないか」と問われたのがきっかけで、その後は売り言葉に買い言葉の大喧嘩に発展してしまった。
この問題は国の大臣でありながらあまりにも品性を欠いた発言を繰り返した今村側に非があるのだが、この暴言応酬に隠れてしまいがちな今村発言の根本こそが、実は最も大きな問題を抱えているように思う。
今村は会見で次のような言葉を述べている。
「自主避難者が帰らないのは本人の責任」「自己責任かと言われれば基本はそうだ」「裁判でも何でもやればいい」
つまり国は「避難しろとも言っていないのに勝手に避難した人間は自己責任として補償するなり対策を取るなりする必要はない」という本音が出てしまったのだ。
「裁判でもすればいい」と述べるに至ってはさらに本音があからさまだ。「裁判で負けるまでは国は何もしない」と言っているのと同じだからだ。そして対策の窓口に関しても、国の責任は言及せず、まるで福島県に丸投げである。
そしてこの今村の態度はまさに全国各地で問題化している「原発いじめ」と同じ形態となっているのだ。違うのは今村は自主避難者が満足な補償など受けていないことを知っている。一方、原発いじめの加害者のかなりの部分は、
「国の金で補償してもらってのうのうと暮らしやがって」
という誤解に基づいている点だけだ。国の自主避難者への支援といえる借り上げ住宅補助も昨年度いっぱいで打ち切られているのにも関わらず。
どちらにしろ、「自主避難者は国が決めた基準に達していないから避難の命令が出なかったのに、勝手に避難だけして金をせびるがめつい奴ら」という偏見の形態に変わりはない。避難者からすれば「除染基準を20mSvに決めたのは、それこそ政府が勝手に決めたことでしょ?」と言いたくもなろう。
そして今村の言葉の陰にはこんな本音も見て取れる。
「住宅だけでも貸してやっただけでもありがたいと思え」
野党不在といわれる国会の現状では自民党議員はどんな暴言・失言を吐いても責任を問われることはまずない。もうやりたい放題だ。
そんな増長した自民党の姿、それがまさしく原発いじめの加害者と重なって見える。