新幹線自殺で手荷物検査発想は愚考 |
「新幹線でも手荷物検査が必要ではないか」
などと発言するコメンテーターが見られた。
しかしこれは愚の骨頂である。正直、自殺したいと思う人間に常識的な抑制を求めることは難しい。ポリタンクが無理なら小さなボトルで火炎瓶を作ることも可能だ。つまりこの手の事件を完全に抑制することは不可能なのだ。
この事件のあと「海外では手荷物検査を実施している国もある」との報道もなされている。中国やインドやスペインなど導入している国もあるがそんな国はわずかである。欧米の先進国はほとんど実施していないし、韓国の地下鉄などは大邱市で放火事件により200人近い犠牲者が出たが、手荷物検査など始めていない。
そして検査を実施している国は、鉄道に乗車するのに多大の時間の損失があり、定時運行すらできないのが現状だ。
今回は新幹線だったので大きなニュースになったが、もしこのような事件が起きたら被害が大きくなるのはむしろ通勤時の満員電車である。一日に数十万もの人が利用する東京の山手線や大阪の御堂筋線、名古屋の東山線で本当に起きれば被害は途方もないことになるだろう。だが、これらの超過密路線で手荷物検査など実施したらどうなるか?
鉄道の利便性の最大の点はその機動性にある。切符を買うなり、定期やカードをタッチするなりで誰でも時間をまったくかけることなく鉄道を利用することができる。ここに手荷物検査を持ち込むと、混雑路線では何分も何十分も行列を作って待たされることになる。これでは世界旅客の3割を占めるとまで言われる日本の鉄道を根底から麻痺させてしまう。かつて「地下鉄サリン事件」のあとにも、手荷物検査などという発想はなかったではないか。
テロ対策を掲げる人もいるが、説得力がない。なぜならこの事件は別に新幹線に限ったことではない。在来線列車でも起きうるし、高速道路などでも渋滞時にこうした事件を起こすことは可能だ。もちろん路線バスも同じである。これらの利用者すべてが条件的には同じであり、検査を受けないとならないとしたらもう交通インフラは完全に破綻である。飛行機と違って鉄道はジャックされても重要施設(たとえば原発など)に自爆することはできない。
それに話は交通ばかりではない。人が多く集まる百貨店や映画館、さらには密閉された環境ということなら地下街もそれにあたるだろう。こんなことばかりを考えていたらそれこそ街中、手荷物検査の行列だらけになってしまう。我々はテロに怯えるために生きているわけではない。
世の中には常識では計り知れない人もいる。だがそれはどうしようのない面もあるのだ。そして何十年かにいちどしかおきないような超レアな一事件に感情的に反応するのは賢い選択ではない。
今はこうした事件が起きた直後で頭に血がのぼった人もいる状態だろうが、鉄道のこれまでの安全性の高さを考え、冷静な思考を取り戻すべきである。