日本型フェミニズムは「女尊男卑」で「女性卑下」 |
まずエコロジーから俎上に上げよう。IPCCやNASAは恣意性に満ちたデータで地球温暖化を煽っている。今年も「史上最高の気温」などと言っているが騙されてはいけない。この高温のほとんどは都市化の著しい地域での気温なのだ。都市化が進んでいない地域では温暖化はまったく進行していない。
最も身近な例を挙げれば、南極にある日本の昭和基地。まさしく都市化とは無縁だ。また極地は温暖化の影響が最も強く表れる地域でもある。ところが昭和基地は開設以来、まったく気温が上昇傾向にないのである。
オゾンホールも槍玉に挙げた。オゾンホールは最も拡大した時でも、オーストラリア大陸からは2000kmも離れている。それなのにオーストラリアでは皮膚がんが激増というデタラメを吐いている。
そして今回、批判しようと思うのが「フェミニズム」だ。ただしこれはエコロジーとは違い、日本限定である。というのは欧米と日本のフェミニズムは異質だからだ。
まず欧米のフェミニズムは「女性解放」である。女性という決めつけから解き放ち、男性と同じ権利を持つことを要求している。同時に責任も負う覚悟がある。
一方、日本型フェミニズムの目的は男女同権ではなく「女性優先」である。男性の権利を切り取って、女性に余分に与えよという主張である。これは男性差別ともいえるが、また女性蔑視の面も否定できない。
たとえば日本には「レディースデー」とか「女性専用車両」というのがある。これらは欧米にはない現象だ。あれば男性側から嵐のような批判が浴びせられる。欧米のフェミニズムはあくまでも「男女同権」であって「女性優先」ではないのだ。
山田昌弘氏が指摘しているが、これらの女性特別待遇は実は女性を見下している、というのだ。
つまり経済的にも肉体的にも劣る女性は保護されて当然という思想に基づいている。女性は映画を見るにも、居酒屋に入るにも持てる金の少ない女性は格下になるだろう、だからレディースデーを設けるのだ、というものだ。
過保護は不要、と立場を明確にする欧米のフェミニズムとはこのあたりがまったく違うのだ。
ハーグ条約というものがある。この中に、離婚した国籍の異なる夫婦間の子供の扱いについて述べた条項がある。子供の受け入れについて国際的には「男女同等」が原則である。ところが日本のフェミニストは「父親からDVを受けるかも知れないので、日本人女性が子供の親権を持つべき」と主張する。
だがこれは「男=暴力」「女=被害者」という一方的な見方による不公平な主張にほかならない。日本のフェミニストたちは気づいていないようだが、これは「女性=弱い存在」と勝手に規定しているのだ。だから日本型フェミニズムに異論を持つ人は批判を加える。
日本のフェミニストたちは女性の味方をしているようで、実際には女性を男性の下に置いて、「だから優先しろ」と述べているに過ぎない。こんなのはフェミニズムでも何でもない。都合良く弱い者のふりをした、ただの女性優先主義の自己満足に過ぎない。